気温も上昇し、夏を思わせる日が続いていますが皆さん元気にお過ごしでしょうか。今夏も暑くなると予測が出ていることから、夏の計画をそろそろ考える時期かと思います。コロナ状況が落ち着けばの話ですが、暑さを避けて涼しい環境を求めて出かける方も多いのではないでしょうか。そこで今回は、最近よく耳にする高地でのトレーニングについて少しお話ししましょう。
1960年ローマオリンピックと1964年の東京オリンピックのマラソンにおいてエチオピアのアベベ・ビキラ選手が金メダルを獲得しました。その後1968年にはメキシコでオリンピックが行われ、同じエチオピアのマモ・ウォルデ選手が優勝を果たしました。その頃に注目されたのが高地トレーニングです。特に開催地のメキシコは標高が高く、これまでにない環境だったため日本では霧ヶ峰高原などの高地環境を使い対策を行っていたと言われています。現在においても世界の長距離界をリードしているのはエチオピアやケニア、ウガンダといった東アフリカに集中しています。彼らがトレーニングキャンプとして行っている場所の多くは、標高2000 M から2500 M くらいです。実はこの高さが長距離ランナーにとって強くなる秘訣で、スイートスポットと言われているのです。
高地環境でトレーニングを行うとなぜパフォーマンスは向上するでしょうか。標高が高くなればなるほど大気中の気温や気圧が低下します。特に気圧の低下により酸素分圧も低下し、ケニアやエチオピアなどの選手らがトレーニングしている場所では、平地で換算すると酸素濃度は16%前後(平地では約21%)となります。私も現役時代にアメリカのコロラド州やエチオピアなどの高地に訪れたことがありますが、到着後すぐにはジョギングレベルでも苦しく感じました。わずか5%程度酸素濃度が低くなるだけで人の身体は大きな影響を受けるのです。
そうしたことから高地環境では身体に酸素を取り込むことが難しくなります。しかし、身体は刺激として受けたのちに適応する力を持っており、様々な生理反応を起こします。まず初めの反応として心拍数が高まります。安静時の心拍数は平地にいるよりも高くなります。これは酸素需要量の不足分に対して、心拍数を高めることによって補う反応です。また、酸素を運搬する役割のヘモグロビンを増やすために、産生を促すホルモンであるエリスロポエチンが分泌されます。それによって3週間ほどでヘモグロビンが増加、血漿量も増加し、造血する仕組みです。また、2,3―DPGというヘモグロビンと酸素との親和性の調節をしている物質が増加し、酸素を筋肉などの組織へ供給しやすくなること、毛細血管網が発達、ミトコンドリアの数が増えるなど、身体の様々なところでその状況に適応していき、結果的にパフォーマンスが向上するのです。
しかし、高地環境においてはすべてがプラスに働くものではありません。高地環境に強い弱いがあり個人差があります。私の経験では標高2000M あたりでは、10人中1人は体調を崩す人が出るように思います。そのような環境に行く場合には体調管理はもちろん、事前に血液検査などを行ってヘモグロビンなどのチェックをおすすめします。また、トレーニングの強度の低下が考えられます。 気圧の関係でわずかに空気抵抗が下がりますが、それよりも酸素摂取が難しくなるため平地と比べてトレーニング強度は低下する傾向にあります。長期間その環境に滞在して造血できればいいのですが、一般の方には現実的ではありません。
このようにして高地トレーニングにはメリット、デメリットがあります。では、多くの方でも安全にかつ効果的に行うためにはどうすればよいでしょうか。次回はその方法について解説いたします。