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コラーゲン研究室

活性型コラーゲンペプチドの探究

「コラーゲンからみた食文化の歴史」〜時を越えて受け継がれてきた食文化とコラーゲン〜

前回は国立歴史民俗博物館の見学から読み取れた縄文人のコラーゲン摂取についてレポートしました。今回は、日本の歴史において、我々の祖先がコラーゲンとどの様に接してきたかを簡潔にご紹介しようと思います。題して「コラーゲンからみた食文化の歴史」です。

今日の食生活において、私たちは和食・洋食・中華・エスニックを楽しみながらコラーゲンを摂取することができます。しかしそれは文化交流や輸送技術の発達により確立されたもので、1世紀前までは容易に叶うものではありませんでした。日本ではどの時代も地域や季節に依存した食文化が存在し、伝統行事、祭事において伝統料理がふるまわれてきました。さて、縄文時代以降の弥生時代ですが、農耕文化により食べ物が安定に確保できることで、栄養バランスも考慮されはじめました。加熱や発酵、燻製等の技術が生まれ、衛生面だけでなく嗜好性が向上するとともに、ブタやウシ、鶏の家畜化により動物性タンパク質も日常的に摂取できるようになりました。海では捕鯨や漁猟が行われました。したがってこの時代は豊富なコラーゲン食に囲まれ、地産地消の食糧需給において栄養状態もそれほど悪くない豊かな食生活でありました。

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古墳時代から奈良・平安時代にかけて、食生活は劇的に変化していきます。仏教の到来です。仏教は遣唐使などの貿易とともに伝播・普及しました。ご存知のように仏教を信仰する寺院では精進料理を正式な食事として取入れました。基本的に肉食が禁忌のため動物性タンパク質は摂取できません。つまりこの時代から明治維新の開国に至る1200年もの間、動物の肉によるコラーゲン摂取は著しく減少していると考えられ、お米を主食として大豆などの野菜が中心となる食生活が続きます。図1に示すグラフはコラーゲンを多く含む食品を示します。これらの時代の食事からのコラーゲン摂取は、魚貝やエビを中心にしたもので、沢山の摂取は非常に難しかったと言えます。

鎌倉時代から室町時代に入り仏教が庶民に普及すると、精進料理も庶民へと広がり、家畜化した牛や豚、鶏なども、牛乳や卵を除き食することが控えられました。その様な中で牛乳を煮詰めた「蘇」(そ)という乳製品が登場すると、嗜好面や栄養面で広く取り入れられ、公家から庶民まで楽しみました。今でいう「タピオカ」のような人気メニューです。これらの時代、大きな天災や飢饉になると、庶民は魚貝類や猪など食べられるものは何でも食しましたが、食文化のならわしから位の高い公家には難しいものでした。クジラと称して禁忌の猪や豚を食していましたが、コラーゲン摂取という観点では庶民の方が上回っていたと考えられます。実際、位の高い公家や貴族、武士になるほどコラーゲン摂取どころか、栄養状態は貧しく、現代人には想像もできないほど栄養価の低い食事であったと推測されています。肌や髪、爪の艶、健康状態は悪く、寿命も短いものでした。一見豪華に見える食事も、形式的で新鮮な野菜や肉類が摂取できない偏ったものです。これらの時代は、栄養失調のほか、皮膚病、結核、脚気、夜盲症など栄養素不足からなる病気に罹り、平均寿命は45歳ぐらいと言われています。原因はコラーゲンを含む動物性タンパク質、ビタミンC、ビタミンB1、ビタミンAなどの欠乏で、現代では考えられないほど栄養不足でありました。

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室町時代から戦国時代を経て江戸時代に入ると武家社会が確立され、食文化にも変化が見られます。武士といえども自給自足の者が多いため、新鮮な野菜や動物の肉は比較的採り入れやすくなりました。しかし、戦乱が無くなった江戸時代前期は、人口密度が亢進します。さらに厳密な納税制度の確立に伴い、深刻な食糧不足が生じました。国立科学博物館員の話によると、意外なことに栄養学的には江戸時代が最も乏しいそうです。これは発掘される人体の骨格により裏付けられ、骨格の大きさや骨質から判断できるそうです。
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江戸時代中期以降、中国貿易が盛んとなり、輸出品として貴重な食材が扱われます。ナマコを乾燥させた煎海鼠(いりこ)、干し鮑(アワビ)、フカヒレや昆布が代表的なものとして流通しました。すでに中国では中華料理の高級食材に利用されていたのでしょうか。ナマコはコラーゲンのほかビタミンB1、B2やマグネシウムが豊富ですが、体重の9割が水分で、タンパク質の7割がコラーゲンです。干し鮑は滋養強壮や疲労回復に効果を示す栄養素だけでなく、旨味成分となるグルタミン酸も多いコラーゲンの豊富な食材です。また、活アワビそのものよりも乾燥させることで栄養価が増します。タンパク質やミネラルのカルシウムやリン、鉄、ナトリウムは約3−5倍高くなります。フカヒレはコラーゲン含有量が最も多い食材です。ほとんどがコラーゲンからできていると言えるほどです。そのほか、ビタミン B12や亜鉛が豊富に含まれています。これらはコラーゲンが豊富な上に他の栄養素も多いことから漢方としても重宝されました。まさに「コラーゲン貿易」です。一方で産地外の一般庶民にどの程度食されていたかですが、容易には口にできなかったのではないでしょうか。北前船がに航行していましたから、ニシンやサケなどの魚と一緒に出回り、位の高い武士や豪商、貴族には食されていたことでしょう。
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江戸時代後期では握り寿司が登場し、大人気となりました。ジャンクフード的に屋台でつまむこともできました。安藤(歌川)広重画の浮世絵にお寿司が描かれていますが、定番のお寿司として、タマゴ巻きにエビ、タイ、コハダとかんぴょう巻きです。またこの他、江戸前のお寿司には、アジやサバ、アナゴ、イカ、タコ、ハマグリなど提供されていたようです。マグロも取れたそうです。これら魚貝類のコラーゲン含有量は、それほど豊富ではありません(図1参照)。庶民が食事に嗜好性を求めることができる時代となりましたが、栄養摂取量は乏しく、コラーゲン摂取もそれまでとは変わらないと言えます。

明治維新により鎖国が解け西洋文化が伝来すると、牛肉や豚肉などを用いた西洋料理が広まりました。現代の食生活の始まりです。また栄養という概念の定着により健康志向が高まり、医療の発達により平均寿命も急速に向上します。食べ物以外にもコラーゲンを利用した膠なども工業的に生産されるようになりました。実はコラーゲンの物質的な特徴が明らかになってきたのは1960年代からで、栄養学的な面でコラーゲンの効果が認められるようになったのはごく最近です。コラーゲン食生活は始まったばかりといえます。

いかがでしたでしょうか。日本の食文化においてコラーゲン摂取は非常に少ないことをお伝えしましたが、野山を駆けまわり海や川で狩猟をする時代こそ安定したコラーゲン摂取ができたことが理解できると思います。動物性タンパク質の中でもコラーゲン摂取において、肉食を堪えず取入れてきた欧米人と日本人との体格差には相関があるかもしれませんね。以上、現代の食生活が如何に恵まれているか、我々の祖先はよく耐え忍んできたと感じさせられました。

【参考資料】

国立歴史民族博物館 URL:https://www.rekihaku.ac.jp

農林水産省Webサイト http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/culture/rekishi.html

たべもの日本史総覧 新人物往来社

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エアープランツ・バイオ@東京農大

(株)エアープランツ・バイオは東京農業大学総合研究所にラボを構えるバイオベンチャーです。これまで測定することが困難であった低分子ホルモンやペプチドに着目し、それらの抗体を独自に作製することで新たな測定系の開発に挑戦しています。最近、活性型コラーゲンペプチド測定の開発が成功したことにより、コラーゲンペプチド代謝研究の飛躍的な進展が期待されます。エアープランツ・バイオはバイオの技術で毎日の健康生活をサポートしてまいります。
URL:https://airplants-bio.co.jp/

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